バックナンバー: 2006年 9月 15日
トップ: “真珠湾攻撃を日米双方から見つめ直し、教育現場に生かしたい”
    このプロジェクトを進める 矢口祐人・助教授(東京大学大学院)に聞く
 * ワークショップの内容
 * 多角的に見たパールハーバーの位置とは
 
ハワイは今:
*2005年のハワイ観光業 --- 軒並み新記録=最終報告
*ホノルル市と市議会がゴミ処理問題で激論
*2006年度のコーヒー生産高 --- 3730万ドルで史上最高!
*ホノルル市のフェリー計画にゴーサイン請
*モーニング・アフターピル解禁 --- “州法がベター”と地元ケア・グループ
*ハワイアン人口は減少? --- 地元グループは増加していると反論
 
● Made In Hawaii: エビ / シュリンプ
* ハワイ産を探す
* ロミーさんの店
* エビ養殖の低迷と復活
* ロミーさんのエビ養殖
* かかえる問題
* エビのプレートランチ
 
バックナンバー: 2006年 9月 15日
トップ: “真珠湾攻撃を日米双方から見つめ直し、教育現場に生かしたい”
    このプロジェクトを進める 矢口祐人・助教授(東京大学大学院)に聞く
 * ワークショップの内容
 * 多角的に見たパールハーバーの位置とは
 
「USSアリゾナメモリアル」といえば、メインランドからきたアメリカ人観光客だけでなく、日本人観光客も数多く訪
ねる場所だが、今「真珠湾攻撃」を、アメリカ側・日本側からともに見つめ直そうというプロジェクトが進んでいる。
 
日米の先生に真珠湾攻撃というひとつの事件を多面的に見てもらうことで、それぞれの理解を深め、教育に反
映させようというプロジェクト「Pearl Harbor: History, Memory, Memorial」だ。
 
このワークショップの日本側推進者である、東京大学大学院助教授矢口祐人(ゆうじん)氏にプロジェクトの目
的と、また近年、日本でハワイの文化・歴史について興味を持つ人が増えた背景などを伺った。
 
 * ワークショップの内容
このワークショップは、イースト・ウエスト・センターが主催しています。 三年前、メインランドから中学校・高等学
校の先生を呼び、一九四一年のパールハーバーについて、教育プログラムを行いました。 それに去年から日
本の先生にも参加してもらっています。
 
私自身は二〇〇二年の二月から八月まで、イースト・ウエスト・センターの客員研究員をしていまして、そこで
セットアップをしてもらって、アリゾナ記念館でボランティアをしていました。 その縁で、このワークショップの手伝い
をはじめたのがきっかけです。
 
ワークショップの内容の前に、観光客の感じ方の違いをお話したいと思います。 「真珠湾攻撃」について、日本
側とアメリカ側、パンフレットに書いてあることは一緒ですから、伝え方は同じですが、感じ方は違うと思います。
日本からの来館者の多くは、居心地が悪いということは当たり前ですが、同時に「平和への思い」を強調される
方が多いです。  「平和を考える記念碑」という見方をされていると思います。
 
でもアメリカの人たちにとってアリゾナ記念館は、「戦争の記念碑」です。 「戦いと敗北」の記念碑で、さらに「防
衛の大切さ」を説くものですから、日本の方のようにあそこに行って、「平和が大切だ」という言葉は、それほど出
てきません。 「国を守るために戦った兵士を尊ぶことが大切だ」という声はありますが。
 
また日本からの来館者は、「広島と長崎」をよく思い出すみたいですが、 アメリカの人たちにとっては、必ずしも「
広島と長崎」を思い出すものではないということになります。 今年はアメリカ本土からは四十人の先生が訪れ、
日本からは私を含め六人の先生が集まり、一週間、講演を聴いたりフィールドワークをしたりしました。
 
それぞれの先生の中で、パールハーバーを歴史的な長いコンテンスの中で 学ぶという新鮮さ。 また日本とアメリ
カの視点だけではなく、パールハーバーとは、もともとネイティブハワイアンの土地ですから、ハワイアンの人たちにと
ってパールハーバーとはどのような意味があるのか、ハワイ大学のハワイアン研究の先生に来ていただき講演して
もらいました。
 
これは日米の先生方にとって、衝撃的といいますか、とても面白いものとなりました。 他には日系アメリカ人の視
点です。 日系人にとってパールハーバーとはどういう意味があったのかも、専門家に来てもらい話を聞きました。 
西海岸における強制収用の話ですとか、四四二部隊の話などを聞きました。
 
このように一つの事件を色々な方面から見ていく。 実際の教育現場では、その表面しか出すことはできませんが、
一つの事件を一週間かけて話し合うという機会は、双方にとっていい体験だったと思います。 アメリカの先生方か
らすれば、「日本ではパールハーバーはどのように教えられているのだろうか」ですとか、「日本の先生が持っている
平和に対する思い」を聞くことは、非常に興味深いものでした。 日本の先生からは、「アメリカの教育・カリキュラ
ムの話」、また、アメリカは州によって教育の対応が違いますから、そうした違いを興味深く聞いていました。
 
また教育者としての立場の意見交換もできたと思います。同じ教育者です から、共通する部分も多いです。悩
みとしては、学生たちにどうやって歴史を教えればいいかという点です。 なかなか歴史に興味を持たない学生の中
で、どうやって教えればいいのだろうといった教員としての思いや悩み は、共通点があったと思います。
 
もちろん違いもあります。たとえばカリキュラムの違いです。 日本の世界史におけるパールハーバーにかける時間
は、限られています。 アメリカの場合は、日本の先生より一人の先生に裁量を与えられている場合もあります。
 
去年参加した先生方は、非常に良かったと言っています。日本の先生が帰 国した後、アメリカの中高の生徒と
自分の学校の生徒たちとEメールで交 流させ、真珠湾や広島についての理解を深めたということもあるので、具
体的な教育の実践にもつながっています。
 
イースト・ウエスト・センターは、来年もこの企画を続けたいという意向を持っているようです。 他にはナショナル・イ
ンダーメント・ヒューマニティ、アリゾナ・メモリアル・アソシエーション、日本国領事館がこのプロジェクトのスポンサー
となっています。
 
 * 多角的に見たパールハーバーの位置とは
ハワイアンの人たちにとってみれば、パールハーバーは日本に攻撃された 場所だけではなく、アメリカに取られた場
所という気持ちがあります。 十九世紀、カラカウア王の時代にアメリカが目をつけて、リースを始めるわけです。 そ
してアメリカのものになっていきます。
 
従って、「日本軍に攻撃されたというけれど、アメリカにも取られた場所なんだ」と思っているハワイアンもいるというこ
とです。 勿論すべてのハワイアンの人たちがそう思っているわけではありません。でも一部の人であってもそうした思
いを持ちながらハワイで暮らしている方がいるということを知ることは、教師として大切なことです。
 
日系人にとっては、パールハーバーは非常に辛い時代の始まりだったわけ です。 ハワイの場合は、強制収用はほ
とんどありませんでしたが、それでも二千二百人ほどの人が、カリフォルニアに送られています。 私の知り合いの中
にも、そうした経験を持っている人がいます。
 
また強制収用はなくても、国への忠誠心を見せるために自ら志願して軍隊 に入り、最も危険な戦場に送られてい
ったわけです。 彼らの死亡率を見てみると、他の軍隊に比べ危険な地域に送られていることがわかります。 このよ
うに、本来心の中にある忠誠心を示さなければならなかったのは、真珠湾攻撃があったからです。 その傷が今でも
癒えていない人がいます。
 
一つの事件に対して、こうした色々な思いを持っている人がいることを日米双方の先生方は知っていてもらいたい
と思っています。 今後も続けていきたいですね。話は少しずれますが、アリゾナ記念館は、地元の人はまず行きま
せん。 学生時代にフィールドトリップで行ったきりという人がほとんどです。アリゾナ記念館としてみれば、何とか地
元の人たちにも来て貰いたいと考えています。是非皆さんも訪れてください。
 
私は観光の歴史、異文化がどのように表現されるかということに興味を持っています。 例えば日本でハワイがどの
ように表現されてきたか。 アリゾナ記念碑に興味を持ったのも、ミュージアムや記念碑で過去の文化や事件がどの
ように表現されているかに興味がありました。 今後とも、ハワイがどういう形で表現されていくかということに、興味が
あります。
 
現在は、日本でハワイの自然、歴史、ホスピタリティーに興味を持つ人が増えています。 特にフラは日本の中で、
多くの人たちが魅力を感じています。 ただ単にフラを運動のために取り入れるのではなく、まじめにやっている人は
、ものすごく真剣にやっています。 その延長線上で、ハワイの歴 史や、ハワイ語を勉強しようという人たちも多くい
ます。
 
本当にフラの人気はすごいですね。 色々なものに神様が宿っているという、 ハワイの信仰・考え方も受け入れや
すいのかもしれません。 長くやっている方は、何十年も続けていますし、「長くやっても魅力は深まるばかり」 という
声をよく聞きます。 二十代後半から三十代後半の女性が中心ですが 、年代を問わず支持されています。
 
ハワイの歴史の魅力というのは、多面的で面白いところです。ハワイはハワイアンの国があったところがアメリカの一
部になりました。 勿論ネイテ ィブアメリカンの人たちもアメリカの一部になっていますが、ハワイは一つの独立した国
家として認められていた場所が、アメリカの州になっているわけです。
 
こうした歴史のドラマがあり、色々な国の人たちが来て、色々な文化の交流があり、融合がある。 色々な角度か
ら研究する必要性があり、そうしたところが興味深いですね。 ある意味、ハワイは研究者にとって難しいところでも
あります。
 
先ほど話したフラだけでなく、ここ五年ほど、日本でもハワイについて研究する若い世代が増えています。 皆立派
な研究をしていて、楽しみです。 言語学・人類学・宗教など、色々な方面での研究者が育っています。 私自身
としては、日本におけるハワイの観光史を研究していきたいです。 またアリゾナ記念碑に対する日本人の中学・高
校生ぐらいの子供たちの理解を深めるために、先生方と協力してこうしたプロジェクトを進めていきたいと思っていま
す。
 
■ 矢口助教授 略歴
北海道札幌市出身。ウィリアム・アンド・メアリ大学(アメリカ合衆国ヴ ァージニア州)大学院博士課程終了。
東京大学大学院付属アメリカ太平洋 地域研究センター助教授。二〇〇一年九月から翌年八月までフルブ
ライ ト客員研究員(カリフォルニア大学サンタクルズ校・ハワイ州イースト・ ウエスト・センター)。 
主な著書
 ・ 「ハワイの歴史と文化-悲劇と誇りのモザイク」 (中公新書)
 ・ 「ハワイとフラの歴史物語」 ((イカロス出版)
 
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ハワイは今
   *2005年のハワイ観光業 --- 軒並み新記録=最終報告
   *ホノルル市と市議会がゴミ処理問題で激論
   *2006年度のコーヒー生産高 --- 3730万ドルで史上最高!
   *ホノルル市のフェリー計画にゴーサイン請
   *モーニング・アフターピル解禁 --- “州法がベター”と地元ケア・グループ
   *ハワイアン人口は減少? --- 地元グループは増加していると反論
*2005年のハワイ観光業 --- 軒並み新記録=最終報告
DBEDT(州事業・経済開発観光局)は九月七日、二〇〇五年度のハワイ観光業界の最終報告をまとめ公表した。
二〇〇五年度は米本土の根強い好景気でそれまでの観光業界の記録をすべて更新し新記録を樹立した。
 
先ず、観光客総数で、七百四十九万四百二十三人(前年比七・二%増) を記録。 中でも、米本土西部客は三
百三万二千四百九十二人(前年比九 ・六%増)と初めて三百万人台を記録。 米本土東部客も百九十二万九千
二百八十四人(前年比六・九%増)と二百万人の大台に迫った。
 
日本人客も久々に百五十一万七千四百三十九人(前年比二・四%増)と百五十万人台を回復した。 増加率では
カナダ客が一四・五%増と最も高い増加率を記録したが、数的には二十五万人弱と少ない。
 
その他、 
 ◎観光客が使った金は百十九億ドルと前年比で九・六%増。 
 ◎観光客関連総売上は百三十四億ドルと前年より十二億ドル増。
 ◎観光客の滞在延日数は六千八百二十万日で前年を七・二%増。
 ◎観光関連雇用者数は初めて二十一万千八百人と前年より二万八千人増。
 ◎雇用者に支払われた給与は合わせて七十二億八千万ドル。
 ◎州及び市郡政府が徴収した税金は十三億ドル、前年より一億五千万ドル増。
 ◎クルーズ業界の客数も前年比四四%と大幅に増加。
 
*ホノルル市と市議会がゴミ処理問題で激論
八月二十四日のホノルル市議会の公共事業委員会で、行政府と議員がゴ ミ処理とリサイクル法の解釈で衝突、
激論を展開した。 同委員会のチャールズ・デジュ市議は、「先に市議会が通過したゴミのリサイクル分別をし、各々
をリサイクルして利用すると認定した。
 
しかし市郡政府は紙とプラスチック分別の適切な指示を市民に課していない。 ゴミの再利用という最大公約を行政
当局は何も指導していない」 と痛烈に避難した。 これに対してホノルル市郡政府の環境サービス課のエリック・タカ
ムラ課長は、「確かに紙とプラスチックの分別は指導していない。 その理由はこれ等、紙とプラスチックはHパワーで消
却することにより、高熱のエネルギーを生み出す。 そのエネルギーを発電に利 用することで、ゴミの再利用目的は充
分に果たしている」と反論し、現在の行政を弁護した。
 
デジュ市議は更に、「Hパワーでの焼却処理はゴミ処理全体作業で発電という再利用を担っているが、市議会のリサ
イクル法の解釈を拡大するもので、リサイクル法、紙から紙、プラスチックからプラスチックをリサイクルするという大義名
分は全うされていない。 Hパワーの一日千トンの ゴミは、三百トンの焼却灰となり、埋立地に捨てられている」と述べ
た。
 
リサイクル法を確立して、リサイクルできるゴミの処理を見極めて、リサイクルできないゴミをどう処理するか、すでにあ
る程度の高度な技術でゴミを処理する方法は日本では成功していると云う。これらの技術を 早く導入することにより、
埋め立て地問題も、環境保全問題も一挙に解決できると日本のコンサルタントは語っている。
  
*2006年度のコーヒー生産高 --- 3730万ドルで史上最高!
二〇〇五〜〇六年にかけて、ハワイ州のコーヒー産業は三千七百三十万ドルを出荷、過去最高を記録した。 これ
までの最高は一九九七〜九八年度の二千八百二十万ドルで三二%も更新した。  コーヒーの年代別生産高 は、
前年度比では八八%と約二倍近くの生産増になった(全国農産物統計局発表)。
 
昨年のコーヒー生産は〇四年に適量の雨量と日照期間が長かったため、前年を上回った。特にコーヒー生産の主流と
云われるハワイ島の中央のカイナ・リウカラコナ地区にかけて前年度比で五〇%近くの豊作を記録した。
 
同地区からの出荷は八百二十万ポンドを越え、取引き価格は前年の一ポ ンド、三ドル五十五セントを一ドル以上
上回るが四ドル五十五セントという高値取引されたのも要因と説明している。 三千七百三十万ドルの中、ハワイ島
が三千百万ドルで全体の八三%を生産し、残りの六百三十万ドルをマウイ、オアフ、カウアイ島が生産している。
 
*ホノルル市のフェリー計画にゴーサイン請
カラエロア(旧バーバース・ポイント)からホノルル港間にフェリーを就航させるホノルル市の計画にゴー・サインが出た。
定員百五十人のフェリーを三隻、朝夕のラッシュ・アワーにカラエロアとホノルル港間に就航させる為のパイロット・プロ
ジェクトのコスト、三百万ドルの連邦政府補助金申請の手続きをホノルル市議会が終り、ホノルル市の負担分の七
十五万ドルを合わせて、資金調達が終った。
 
このため、ホノルル市交通局フェリー監督課は、フェリー業者とのパイ ロット・プロジェクト着手の最終交渉に入った。
朝夕のラッシュアワーにできるだけ多くの通勤者をフェリーで運び、交通渋滞を緩和させるのが目的。
 
今回は連邦政府から補助金を得て、三隻のフェリーの就航を考えている。 ただ業界ではパイロット・プロジェクトが一
年ではなく、複数の年数を希望している。 マス・トランジットの審議期間が大詰めになった現在、 バス、鉄道、フェリ
ーの導入でどの程度、渋滞が緩助されるか注目される。 実際にフェリーが稼動するのは来年にずれ込む見込み。
 
*モーニング・アフターピル解禁 --- “州法がベター”と地元ケア・グループ
希望しない懐妊(強姦を含む)を防ぐ特効薬として市販されている「モーニング・アフターピル」が近くFDA(食品薬品
局)で大幅に緩和され、薬局のカウンターで販売されることになる。 性交以後、七十二時間以内に同ピルを服用す
れば九八%の確率で懐妊を阻止できる、とされている。
 
「モーニング・アフターピル」はその後FDAによって医者の処方箋が必要と規制されてきた。ところが懐妊を望まない十
八歳以上の女性から、処方箋取得は煩雑で同ピルの効能が一〇〇%生かされていないとFDAに緩和を求める声
が広がった。
 
FDAも同ピルの副作用が少ないことから薬局で販売しても弊害はないと判 断し、近々全国に通達する事になった。
ハワイの州法は十七歳未満の少女 を不要な懐妊から保護する為、すでに直接薬剤師に相談できる制度が確立 し
ている。 この制度は、ハワイでは二〇〇三年に施行され、これまですでにワシントン州、カリフォルニア州等八州で採
用されている。
 
*ハワイアン人口は減少? --- 地元グループは増加していると反論
ハワイアンの人口動向が、国勢調査とローカル調査で異なることが浮き彫りになり、ハワイアン・グループは反発して
いる。 国勢調査局は二〇〇〇年の調査でハワイアンの人口を四十万千百六十二人と発表、その中二十三万
九千六百五十五人をハワイ在住と発表した。
 
その後更なる人口動向の統計を見ると、ハワイアンは減少傾向にあり、結 論は年末に公表されることになっている。
このハワイアンの人口が減少傾向にあるという推論に、地元の研究グループ(カメハメハ校)は猛反発している。 同
グループは二〇〇〇年の国勢調査の数字を基にハワイアンの人口推移を模索した。
 
その結果は「カフア・カイ」と云うレポートにまとめられた。
◎二〇〇五年の世界のハワイアン人口は四十四万四千九百十人で、うち二 十五万九千八百四十六人はハワ
   イ在住。
◎二〇一〇年には人口は四十八万三千九百四十五人、うち二十七万八千六 百四十五人はハワイ在。
◎二〇二五年には総人口は六十三万七千二百九十八人と一挙に六十万人を 超える。ハワイ在も三十五万五
   千八百九十六人と三十五万台を超える。
◎二〇五〇年には総人口は九十八万七千六百二人と百万人に近づく。ハワ イ在は五十三万六千九百四十七
   人 と五十万人台を超える。
 
これらの統計純粋は純粋なハワイアン先住民だけで、他民族と結婚した数 字は含まれていないと云う。 DBEDT
(州事業経済開発観光局)の人口統計で も、ハワイアンが減少しているという傾向は信じられない。 かなり速い
ス ピードで増加してるはずだと地元グループの見方を支持している。
  
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● Made In Hawaii: エビ / シュリンプ
   * ハワイ産を探す
   * ロミーさんの店
   * エビ養殖の低迷と復活
   * ロミーさんのエビ養殖
   * かかえる問題
   * エビのプレートランチ
 
日本とアメリカは、エビを年間三十万トン以上消費する二大エビ消費国である。 日本もアメリカもその多くを輸入に
頼っているが、ハワイでは古代から入り江を利用した養魚場で養殖をする歴史がある。 オアフ島カフクでは平坦な
土地柄を利用して、一九八〇年代からコカコーラ社などの出資によりエビの養殖が行われている。
 
州農業局水産養殖開発課の発表によると、現在ハワイ州には、十三のエビ養殖業者がある。 その内の七社はオ
アフ島にあり、その多くがカフク地区にある。 今では「カフク」と言えば、「シュリンプ」という言葉が連想されるほど
定着し、エビのプレートランチを売る店やランチワゴンは、カフクの名物になって いる。
 
ノースショアのカメハメハ・ハイウェイ沿いには、ドライバーに目に付きやす いように趣向を凝らした派手なランチワゴン
が目に付くが、エビの仕入れ先を 公表しない所もある。 「カフク・シュリンプ」とうたっていなければ、別に看板に偽り
はないが、今回は、地元カフクで養殖されたエビのプレートランチを求めて、カフクへ向った。
 
■ ハワイ産を探す
これは生粋の「メイド・イン・ハワイ」製品を紹介するシリーズだから、下調べとして、カフク地区のエビのプレートランチ
店に電話をして、どこのエビを使っているか、尋ねることから始めた。すると、意外や意外、エビの産地を言いたがらな
い所があって、カフクにあるランチワゴンや店なので、人の思い込みをあてにした便乗者もいることを知った。
 
そんな中で、「タートル・ベイ・リゾート」と「ジェームス・キャンベル野生動物保護地区」の間にある「ロミーズ・カフク・
プローン・アンド・シュリン プ」は、毎朝、カフクにある自社のエビ養殖場から採ってきた新鮮なエビを使っていると聞き
、ロミーさんのエビ養殖場と店を訪れることにした。
 
ホノルルからカフクに行くには、ハレイワ経由、カネオヘ経由の大きく分けて 二種類あるが、ロミーさんによると、H3
ハイウェイのカネオヘ経由が一番早く 、一時間前後だという。 確かにH3ハイウェイは空いていたが、カハルウで道路
舗装工事をしていて渋滞。プナルウで下水管の工事をしていて渋滞。結局この日は一時間四十分以上かかった。
 
カメハメハ・ハイウェイ沿いには、エビのプレートランチを売る店やランチワゴンをいくつも見かけたが、行列の出来て
いる所と客のいない所の両方あった。 エビの産地はさておき、美味しいから流行っているに違いない。 辺りにニンニ
クの匂いがプンプンと漂っていたのは、「ジョバンニズ・オリジナル・ホワイト・シュリンプ」。カフク地区のランチワゴンの
中では一番古く、十三年程の歴史を誇る。電話で尋ねた時には、「モロカイ島のエビを使っている」と言っていた。
 
■ ロミーさんの店
更にドライブすると行列が目に付き、車を止めるとロミーさんの店だった。 渋滞で約束した時間より遅れてしまったが
、ロミーさんは、「客の波が一段落したところだから、丁度よかった」と言う。 これで一段落したところなら、一番混んで
いる時は、どのくらいなのか聞いてみると、「注文するのにまず並び、注文したものが出来るのに一時間くらい待つ事
もあるよ。 待っている時はイライラしていても、食べ始めてから文句を言う人は無いね」とロミーさん。
 
「店が狭いので、コンロが三つしか無く、客の注文を聞いてから料理を作るのでどうしても時間がかかってしまう」と付
け加える。 ロミーさんは、奥さんのテレサさんと共に、フィリピンから一九七五年にアメリカに移住。カリフォルニアで保
険業をしていたロミーさんだが、父親が休暇でハワイに来た際に交通事故に遭い、ロミーさんは彼の援護のためにハ
ワイに訪れた。 ハワイを見て回る機会を得たロミーさんは、当時オアフ島でエビの養殖をしている人がいなかったの
で、エビ養殖に可能性があると踏んだ。
 
ロミーさんは、「フィリピンでは海や川に行けば、魚やエビが採れるので、養殖については何も知りませんでした。 エビ
養殖の本や資料を集めて勉強を始め、一九八六年からハウウラでエビ養殖を始めました」と言う。 独学で養殖を
始めたロ ミーさんだが、水産養殖関係機関より援助金を得て、一九九〇年よりハワイ大学で専門的な養殖実習
を受け、養殖地もハウウラからプナルウに移した。
 
■ エビ養殖の低迷と復活
ロミーさんはエビ養殖に将来を託し、順調に歩み始めていたが、カフク地区のエビ養殖業者は、この頃から災難続き
だった。 一九九一年三月、豪雨によるカフクの洪水でエビ養殖地が浸水し、殆どのエビが逃げたり死滅する惨事が
あった。 翌年九月には、ハリケーンイニキが襲い、養殖場に更なる打撃を与えた。
 
追い打ちをかけるように、その後、世界規模で発生したエビの病気がカフクでも発生し、カフクの養殖エビの九五%
が死滅した。 当時州最大のエビ養殖業者だった 「アモリエント水産養殖社」は、カフクだけでなく中米のエビ養殖地
も病気による大損害を受け、廃業に追いやられた。 以後カフクのエビ養殖は低迷し、エビのプレートランチを売る店
も姿を消した。
 
一九九〇年代半ばより、「ハワイ・オアフ水産」などが「アモリエント水産養殖社 」の跡地を借りて、再びエビ養殖を
始めるようになり、エビのプレートランチの店 も復活した。 州農業局水産養殖課によると、ハワイのエビ養殖業者の
半分以上が、産卵するための種エビを生産している。 食用エビより高く売れ、ハワイの種エビは 世界的に定評があ
るという。 ハワイ州の二〇〇四年度の食用エビの生産は、四十五万七千ポンドで、生産高は二百二十五万ドル。
種エビの生産高も二百万ドルから三百万ドルの間だと推定され、これからも伸びるだろうと予測されている。
 
■ ロミーさんのエビ養殖
カフク地区のほとんどが、キャンベル財団の土地だが、「アモリエント水産養殖社」があった場所もキャンベル財団の
土地である。 ロミーさんは、エビ養殖の実習後、プナルウからカフクに養殖場を移すことを考え、財団に養殖する土
地の賃借契約を申し出たが、ダメだと言われ続けていたという。
 
何年も経ったある日、キャンベル財団から電話があり、エビ養殖をする土地を貸してあげると言うので、一九九四年
から野鳥保護地区に隣接した「アモリエント水産養殖社」跡地で養殖を始めたという。最初は、二千平方フィートの
養殖場から始め、更にひと回り大きい孵化場も加えた。 現在合計四千五百平方フィートの養殖場があ り、三年
前からプレートランチの店も始めた。
 
ロミーさんは、「ウチは、今のところハワイ州唯一の淡水エビ養殖社です。 一時期、エビに加えて、ティラピアやモイを
養殖していたことがありますが、色々な問題があって、今はエビだけにしています。 ハワイでは停電がよくあります。
停電になる と、養殖池に酸素が行かなくなり、モイは、すぐ弱って死んでしまいます。 一度、 夜十時に停電になった
ことがあり、午前四時頃まで、一家総出でモイを集めて何とかしようとしましたが、殆ど死んでしまいました。 既にそう
いうことが三回あったのでモイの養殖は止めました。
 
今は、海水エビ、淡水エビ、淡水マレーシア・テナガエビの三種類を養殖しています。 海水エビは繊細で、病気や
些細なことですぐ死んでしまいますが、マレーシア・テナガエビは比較的強く、病気にもかかりにくいので、このエビの
養殖は伸びる可能性があります。 今では淡水エビの養殖が順調になったので、二年前からプレー トランチにも淡
水エビを使っています。 今年二月までは、チャイナタウンやワイキ キにエビを卸していましたが、今は店に集中する
ために、卸売りや配達を止めました。 その替わりに、店の裏にエビや魚の釣り堀池を造り、ランチ付きで釣りが楽し
めるようにしました。 日本人観光客も、結構釣りを楽しんでいますよ」と言う。
 
■ かかえる問題
カフクには、野鳥保護地区に指定されている土地があり、現在、四種類の絶滅寸前の海鳥が生息している。
これらの海鳥の生育のために、更に広範囲の保護地が必要だと言われている。 また、洪水でカフク地区が浸
水や孤立しないために適切な洪水対策が必要だとし、連邦政府は、野鳥保護地区拡張と洪水対策のために、
キャンベ ル財団の八百エーカーの土地の買収を推進している。
 
キャンベル財団が連邦政府に土地を売る決断をすれば、財団から土地を借りて農業や水産養殖をしている人
は、移転や終業を強いられることになる。 ロミーさんは、「財団から土地を買えば、エビ養殖や店を続けられるの
ですが、そんな大金がありません。 カフク以外に養殖に適した場所があればいいですが、同じような場所がありま
せん。 カフクは、海に近く平坦なので養殖に適しているだけなく、カメハメハ・ハイウェイ沿いは、観光客がオアフ島
を一周する時に必ず通る場所です。 通常平日 は、お客さんが二百五十人から三百人、週末や祭日は四百
人程ありますが、その九割 以上が観光客です。 それだけの観光客を期待出来る場所は、あまりありません。
 
また、養殖場のエビを盗む人がいるので油断なりません。 養殖場から店が遠いと、被害の可能性も高まりますし、
エビを運ぶ手間も余分にかかります。 とはいえ、引っ越 しを余儀なくされるかもしれませんから、別の場所に養殖
場や店を移すことも考えています。 ハレイワは、ミリラニやホノルルに近く、ハイウェイ沿いの場所もあるので候補地
にしています」と語る。
 
■エビのプレートランチ
ロミーさんの店は、家族経営なので、家族的な温かい雰囲気がある。 ロミーさんが養殖場を管理し、奥さんの
テレサさんが店の経営を管理している。 店の実務は、娘のケイリーンさんと娘婿のラスティさんがしており、加え
て六人程従業員がいる。 ロミーさんは話好きである。普段は厨房で忙しくて、お客さんと話をする暇もないそうだ
が、暇になると、テントの中のピクニックテーブルで食べているお客さんと 話をするという。
 
この日も、エビの話や苦労話に熱が入り、ロミーさんと話を聞く記者(私のこと)の回りには、食べ終えたお客さん
の人だかりが出来てしまい、お客さんからの横入り (?)の質問にも、気安く答えている。 気が付けば、すでに三
時。 お客さんの波も一 段落したようだし、腹もペコペコなので、この辺で質問はお客さんに任せて、ランチ を注文
することにする。
 
ロミーさんの店では、基本的に四種類のエビのプレートランチがある。
 1.ニンニクバター炒めエビ。
 2.蒸しエビ。
 3.甘辛エビ。
 4.春巻き揚げエビ。

どれも十一ドルで、エビかマレーシア・テナガエビのどちらかを選べる。ロミーさんは、以前はエビを食べる人の方が
多かったが、今はエビとマレーシア・テナガエビを注文する人は同じくら いだという。
 
どれも美味しそうで迷ったが、ロミーさんが太鼓判を押すニンニクバター炒めエビを注文し、蒸したマレーシア・テナガ
エビと春巻きエビを特別に味見させてもらった。 ロミーさんは、「カフクの店で毎朝自社の養殖場から採った新鮮なエ
ビを使っているのは、ウチだけだ」と強調するだけあって、エビはどれも新鮮である。 ニンニクバタ ー炒めは、ニンニク
をからめたエビをドサッと御飯の上に乗せただけの素朴なものだ が、さすが一番人気のランチだけあり、エビの旨味
が上手く引き出されている。
 
最初、殻を剥がして食べていたが、ロミーさんが、「エビの頭の部分は、一つ一つハ サミで切ってあるから、殻も食
べた方がいい」と盛んに勧めるので、殻ごと食べたが 美味しかった。 マレーシア・テナガエビは、プリプリの食感があ
るが味はやや淡白。 春巻き皮で巻いて揚げたエビは、エビのテンプラに似ていた。 長年エビと付き合っているロミー
さんは、エビを毎日食べているのだろうか。尋ねると、「持病があって食事制限をしているので、毎日食べたいけど、
二週間に一度くらいしかエビを食べられない」と悔しがる。
 
毎日美味しいものを目の前にして、食べられないのも辛いだろうと思いきや、「毎日見ていると、飽きてくるよ」と、ど
ちらが本音か分からない発言。 ロミーさんは、毎 朝五時に起きて、七時には店に来て準備をしている。外から店
の中が見えるので、九時くらいから人が来て、「何時に開くの?」と聞かれるというが、十時まで待っても らっている
らしい。 「休日の十時には、店の前に長〜い行列が出来ているよ」と言うが、ニンニクバターの匂いが辺りに漂うと、
人がフラフラと、吸い寄せられるように 店の前に並び出すのを目撃したので、ナットクである。
 
● ロミーズ・カフク・プローン・アンド・シュリンプ Romy's Kahuku Prawns & Shrimp
 ・電話:232-2202
 ・時間:午前十時から午後六時まで。 年中無休。
 
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