バックナンバー: 2005年 8月 1日
● トップ:近く本格生産が始まるクルマエビ養殖
     赤嶺氏が新会社を設立し、投資家を募集中!

・ アメリカ本土への販路を確保

・ 屋内循環方式で無菌エビを目指す
● ハワイは今
 ・ アメリカ・ウエスト航空が 12月16日からハワイ路線再開
 ・ クリーム・パフの「ビアード・パパ」 近くフードランドに出店
 ・ 火事は八割が放火 消防署はお手上げ? 爆竹禁止令まで飛び火
 ・ ハワイ観光庁の新予算は六千九百万ドルと過去最高に  理事長にジョン・トーナー氏を再選
 ・ リングル知事が28法案、12法案の拒否権を行使する 
 ・ 増え続ける自閉症児 原因分らずお手上げ
 ・ ホノルル市議会改造 ガーシア市議が主流派離脱
 ・ ハワイ郡長のハリー・キム氏 民主党から州知事選に出馬?
● 大下治心の世相やぶにらみ
 ・ ハワイ島のキム郡長 州知事選出馬のウラ?
 ・ ホノルル市議会の再編成行わる
● アメリカ定点観測
 ・ 2015年夏季五輪開催地選定 かめばかむほど味が出るニュース
● ロイヤル・ハワイアン・ショッピングセンター
 ・ 7月20日、大改装着工式が行わる
バックナンバー: 2005年 8月 1日
● トップ:近く本格生産が始まるクルマエビ養殖
本紙が二年前に、ハワイの養殖産業の実態をレポートした中で紹介したエビの王様 〈クルマエビ〉は、当時大きな
話題となったが、テスト段階からいよいよ本格的な生産を目指してエビ養殖の権威・赤嶺安彦氏が新会社を設立
して動きだした。 養殖の中でも最有望と見られている〈クルマエビ〉。 その最新のレポートをお届けする。
 
・ アメリカ本土への販路を確保
このアメリカで初めてというクルマエビ養殖の実現化に尽力を注いでいるのが、AKE SHRIMP, INC (Akamine Kuruma
Ebi Shrimp, Inc.) だ。 この会社は今年七月に設立されて、八月一日から本格稼動する。 まずその事業計画内容から
見てみたい。
■ アメリカ・ヨーロッパにおけるエビ養殖と、アメリカ・ヨーロッパ・アジア などの世界市場に向けての養殖クルマエビ
    の販売をする。将来は食用及び観賞用魚介類の養殖も展開する。
 
■ ノースショア、カフクに所在するミン・ダイナスティ社の施設使用の協力を 得て、ホワイトシュリンプの種苗生産とク
    ルマエビの生産に着手。 ミン・ダ イナスティ社からの発注の月産約三百万匹のホワイト種苗を生産する。 この生
    産過程の中で、技術者の教育訓練を行う。
 
■ 旧マングローブ・トロピカル社の施設をミン・ダイナスティから借り受けて、 施設の改良を施し、本格的なクルマエビ
    の養殖に入る。
 
■ AKE SHRIMP 社は、アメリカ本土向けにアメリカ神戸牛の販売ルートのKEONA・ HAWAII, INC と、その他ロサンゼ
    ルスのPrime Time 社などの複数の水産物 販売会社を通じて、活きクルマエビを販売する。 また地元ハワイでは
    True World Foods 社を通じて、既存の販売を拡張する。 さらに活きクルマエビと その料理の販売スタンドをカフク
    と ホノルルに開設して、地元ハワイの一般 と観光客を対象とした販売を試みる。また、ヨーロッパ・東南アジア市
    場へ は、現在養殖指導をしているギリシャのDolarkis Shrimp Farm社 で生産された活きクルマエビを販売する。
 
■ ハワイにおいては、観賞用海産魚の海産グッピーなどの生産、小魚を養殖しての小魚健康佃煮 などの生産販売
    を本年度中に開始する。
 
■ ハワイの某社との提携にて、クルマエビを生産販売するとともに、クルマエ ビの販売、ショールームでの展示販売
    を行い、観光客及び地元の子供たちへ の理科教育に貢献する。 卵から成エビまでのエビ、カニでしか見られぬ変
    態などの観察をはじめ、将来の環境にやさしい養殖法のあり方を紹介する。
 
■ 将来の検疫強化による病気のリスクの少ないハワイ離島でのオーガニック・ クルマエビの大量生産を行い、瞬間急
    速冷凍クルマエビの生産販売に入る。
 
■ 二〇〇七年からはオアフ島でのエビ・魚類の養殖を本格化し、水産パークない し地元の若者への養殖トレーニン
    グ スクールの開設を目指す。 この施設はハワイ観光資源の一部にもなり、ハワイ観光への貢献はもとより、多くの
    地元の雇用者も期待される。
 
■ さらにアメリカ本土及びヨーロッパへの販売を拡張するために、主なクルマエ ビ需要の都市近郊に屋内閉鎖式循
    環陸上クルマエビ養殖装置によるクルマエビ養殖の施設を建設し、ハワイからクルマエビ種苗を供給する。
 
■ アメリカ・ハワイ州政府からの援助を申請して、更にハワイ経済への貢献を期待する。
 
■ 将来の研究開発として、対疫性エビ、三倍体エビ、などの育種研究を進めることより、更に安全な成長の良いエビ
     を開発する。
 
■ なお初年度はハワイでの四トンのクルマエビ生産を販売、ヨーロッパのクルマ エビ販売五トン及びハワイでのホワイ
    トシュリンプ種苗生産、三千六百万尾を予定している。
 
この事業のどこに注目される所があるのか、代表の赤嶺安彦さんにクルマエビ養殖の重要性を尋ねた。
――なぜ他のシュリンプではなく、クルマエビなのでしょうか。
赤嶺――「ハワイでは以前からホワイトシュリンプの養殖は行われていました。カフ ク地区の国道八十三号線を走って
いると、シュリンプという看板を掲げたレストラン を良く見かけます。こうした店は主にホワイトシュリンプをサーブしてい
ます。 この エビならスーパーマーケットなどでも、冷凍エビとしてよく見かけます。でもホワイ トシュリンプとクルマエビ
では、味が全く違うのです。
 
クルマエビの場合はシーフードの中の王様と呼ばれているだけあり、身がしまってい てなんと言ってもこりこり感があっ
て甘みがあり、食べておいしい。 それに活きたク ルマエビは体を曲げると丁度車の車輪のように見える鮮やかな縞模
様があり、見た目 にも綺麗で、料理をすれば赤くなり日本人の方ならこのエビの持つ高級感がお分かりいただけると
思います。
 
輸送方法にも違いがあります。 ホワイトシュリンプの場合は、輸送の際に膨大な水の 中に入れるか、または冷凍保存
する必要がありますが、クルマエビの場合はオガ屑の 中に入れて、温度設定が十五度前後であれば三日も生きてい
ます。 死んだエビを冷凍 して送るのと、活きたままのエビでは、食卓に上がったときのフレッシュさが全く違 います。
 
ハワイで養殖したクルマエビを活きたままアメリカ本土にも送れるというところに意 味があるのです。
 
またホワイトシュリンプは、世界にも大量に安く出回っていて、企業としての採算性が低いのですが、クルマエビの場
合は一ポンド二十ドルからですので、安定した産業 の一つになります。 何としてでも夢だけでは終わらせたくないです」
 
――それにしても、なぜこの事業が注目されるべきものなのか、素人にはわかりづら い。 これにはゼネラルマネージャ
ーである青松慶大(よしなが)さんが、答えてくれた。
青松――「クルマエビの養殖は、誰でも簡単にできるものではありません。 多くの研 究者たちが長年の歳月を費やし
てきましたが、クルマエビを育てることは、並大抵の ことではありませんでした。 どういう餌を与えるか。 どんな環境を
整えるのか。 温度 は何度が適温なのか。 クルマエビについての様々な知識が必要になります。この養殖技術を持
つ人間は、世界中に十人もいないでしょう。
 
現に五年前USDA、アメリカ農業局が中小企業新規事業として百万ドル余りの研究 費を出し、養殖施設での基礎
研究を行い成功しました。 しかし、研究はここで終了し てしまいました。赤嶺さんはその研究でもコンサルタントと
いう立場でしたから、 〈せっかくここまでお金と多くの人の努力をしてきた養殖をここで無駄にしてはいけない〉と、自
分でその後を引き継ごうとしたわけです。
 
もともとエビの養殖ということ自体がとても難しいのです。 エビの養殖場にヴィールス が入り込んでしまったために、
数日で何十万匹というエビが全滅し、倒産に追い込まれた会社もあります。 だからこそ、この事業が成功するかど
うか、注目されているのだと思います。 またアメリカでクルマエビを養殖できる技術を持っているのは、当社だけとい
うこともあるでしょう。 そして、検疫制度のために活きたエビは一匹なりとアメリカ には許可なしには入ってきません。
 
もともとクルマエビの養殖は、日本の香川県高松で一九六〇年代に、世界のエビ養殖の父として知られている藤永元
作博士という方の長年の研究をもとに、世界で初めてのエ ビ養殖の事業化を実現しました。 この養殖技術は、世界
の多くの国の人からも注目され、 その後の世界におけるエビ養殖の技術の元となっています。 赤嶺さんはその普及・
研究 ・事業化のために、エクアドルはじめ中南米の大学で教えて多くの技術者を民間へ送り出し、養殖指導の仕事に
携わってきたのです。
 
そして今、日本で携わったことのあるクルマエビを養殖の適地としてハワイを選び、ア メリカやヨーロッパの人にこの美
味しいエビを食べてもらいたいとの四十二年間の夢の実現に挑戦しているのです」
 
・ 屋内循環方式で無菌エビを目指す
――エビ養殖の難しさは、どこにあるのでしょうか。
青松――もっとも恐ろしいのは、今お話したヴィールスによる病気によって養殖エビが 全滅してしまうことです。 十年
前から世界中のエビ養殖場で深刻な問題になっているのが『白点病』。 このヴィールスは人間には食べても問題があ
りませんが、それに感染す ると、瞬く間に全体のエビに広まってしまうという危険性があるのです。
 
白点病は感染したエビの身体に白い斑点が出て、死んでしまうという病気で、日本近海で捕獲されている天然クルマ
エビもこのヴィールスで感染されていることがわかってい ます。 他にも数種類のヴィールスがあります。ヴィールスを
媒介させている主なものは、 鳥です。 鳥の糞の中にヴィールスが混ざっているのです。 私たちの養殖は、親エビに卵
を持たせて産卵させ、これを稚エビにまで育て、更に大きくするもので、育ったエビに また卵を持たせるというエビのラ
イフサイクルを完全に外部から閉鎖したクローズド・ システムを取っています。 これを完全養殖といっております。
 
一代目以外は、全て海から離れた養殖池の中で育てるので、二代目以降は全く海を知らないエビということになりま
す。 今ではハワイで五代目のクルマエビが育っています。 エビを海から引き離して養殖しているのでヴィールスへの
感染の危険度は格段に減りますが、それでも万全とは言い切れません。 池の上を飛んでいる鳥の糞が落ちてきたら、
感染する可能性があるからです。 そこで今回立ち上げた会社の中で私たちが目指してい るのは、屋内循環式装置で
の陸上養殖です。 簡単に言いますと、屋内の水槽の中で、ク ルマエビを育てるという方法です。 この閉鎖循環式陸上
養殖では、同じ飼育水を収穫時まで換水せずに何度も使用します。
 
そのため飼育水中に排泄される糞尿が原因となるアンモニアなどの増加及び池底に発生する硫化水素などの毒性を
取り除く高度な技術が必要です。 でもこれが解決実現すれば、 安心してヴィールス・フリーのクルマエビを食べること
ができるのです。 病気のない安全なエビですから、食べて安全な〈有機クルマエビ、オーガニック・クルマエビ〉とも言
えるかと思います。
 
私たちは五年前のアメリカ農業局の基礎研究から引き継いだクルマエビを持っていますが、更に今年の五月と六月に
日本からヴィールス・フリーのクルマエビを輸入して、現 在州の検疫所に入っております。
 
もちろん今までのクルマエビも病気を持っていませんが、将来病気が出る可能性までは否定できません。 でも、今回
持ってきた新しい稚エビを閉鎖循環式陸上養殖で育てあげれば、 将来病気が出る心配もありません。 今は稚エビで
すが、年末には採卵が出来ます。
 
―― 今後の可能性はいかがでしょうか。
赤嶺―― アメリカ本土での需要が大きいことは、確信を得ています。 近年アメリカにお ける日本食、特に寿司ブーム
は大きく、一九八八年から一九九八年にかけて全米で五千の 寿司バーが開店されています。 これは五千倍の増加
率であると、ナショナル・スシ・ソサ エティから報告されています。
 
今までは味のわかる日本人・中国人の人たちを中心に食べられてきましたが、養殖産業の一つとて、今までクルマエ
ビを知らなかったアメリカの人たちに、是非食べていただきたいと思っています。 きっと味の違いをわかっていただける
でしょう。
 
また地元のハワイの人たちには、最高級のクルマエビを日本の半額という安さで、食べて もらいたいのです。 エビを食
べない人種はいないといわれるほどです。
 
お土産ということも考えられます。 現在牛肉は日本に持ち帰ることはできませんが、活きたクルマエビを手荷物で持ち
帰ることに、何ら問題はありません。 ハワイ旅行の帰りに、綺麗な環境のもとに育った美味しいハワイ産の活きたエビ
をお土産に持ち帰るという時代 が来るかもしれません。 日本の小売価格よりずっと安いですし、ハワイの気候は美味
しいクルマエビを育てるのに適しています。
 
長い将来を見据えながら、クルマエビだけでなく、ヒラメやアワビなどの養殖可能なシー フードもトライしてみたいと思っ
ています。 またこの事業を地元の教育材料として、子供 たちに紹介していかれればと思っています。 美味しいエビが
卵からどのように大きくなっていくのか、大半の子供たちは、写真の中でしか知らないでしょう。 生きたエビを目の前で
見られるということは、子供たちにとって貴重な経験になり、また海を大切に思う心を育てるのではないでしょうか」
 
連絡先  -> 電話:626-4474 または 258-2403  住所:95-210 Ahunalii Place Mililani HI 96789
現在 AKE Shrimp, Inc. では、屋内閉鎖循環式陸上養殖施設を建設するため、投資家を募って いる。
  
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● ハワイは今
   ・ アメリカ・ウエスト航空が 12月16日からハワイ路線再開
   ・ クリーム・パフの「ビアード・パパ」 近くフードランドに出店
   ・ 火事は八割が放火 消防署はお手上げ? 爆竹禁止令まで飛び火
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   ・ リングル知事が28法案、12法案の拒否権を行使する
   ・ 増え続ける自閉症児 原因分らずお手上げ
   ・ ホノルル市議会改造 ガーシア市議が主流派離脱
   ・ ハワイ郡長のハリー・キム氏 民主党から州知事選に出馬?
・ アメリカ・ウエスト航空が 12月16日からハワイ路線再開
一九九三年までホノルル―ラスベガス直行便を運行していたアメリカ・ウエスト 航空会社(AW=本社アリゾナ州
テンプ)が、好調を続けるハワイ路線に十二月 十六日から再就航する。
格安航空料金で知られるAWは二〇〇二年からハワイアン航空とコードシェアリング契約でホノルル―フェニックス
路線に参入していたが、USエアウエイズ航 空会社合併に伴い、路線の拡大を模索していた。AW航空の新路線
はフェニック ス―ホノルル間とフェニックス―カフルイ(マウイ)間に一日各一便。 使用する機種はボーイング七五七
―二〇〇(定員・百九十人)。
 
AW航空は更に二〇〇六年三月にはホノルル便を一日二便に増やすほか、ラスベガ ス―カフルイ便も一日一便、
フェニックス―リフエ便は週四便、フェニックス―コナ便を週三便新設する予定。 料金はフェニックス―ホノルル間
往復は五百六ドル。  フェニックス―カフルイ間往復は五百六十六ドルと格安。
アメリカ・ウエスト(AW)航空は一九八九年からフェニックス―ホノルル、ラス ベガス―ホノルル路線にジャンボ機を
就航させていたが、九三年に倒産、会社更生法の適用を申請、ハワイ路線も中断された。  会社更生法申請中に
アロハ航空のCEOを務めていたマウリス・マイヤーズ氏がAW航空のCEOに就任、AW航空を再建した。
 
マイヤーズCEOはAW航空を九六年に辞任したが、今回のAW航空のハワイ路線は全てアロハ航空のライバル、
ハワイアン航空が就航しているもので、両社の競争が注目される。 DBEDT(州事業・経済開発観光局)は、「右肩
上がりの米本土からの路線は去年十二月から客席数は一七%も増加している。 AW航空のハワイ路線再参入で
さら に多くの客を運ぶことができる」とAW航空の再就航を歓迎している。 日本からの客 足がいまいち伸び悩んで
いる現状で、米本土客は六百万人を越える日もそんなに遠くないと同局では期待している。
 
・ クリーム・パフの「ビアード・パパ」近くフードランドに出店
独特の淡い程よい甘さのクリーム・パフが人気を呼び日本全国に二百四十店のチェーン店を展開する「ビアード・パパ」
が八月中にハワイに進出する。 同店はすでにニューヨ ークに出店しており、ハワイではシロキヤでこれまで数度デモ
販売を行い、連日長い列 ができる程の人気商品。
 
ハワイでの展開は、フードランドと契約、フードランド・スーパーマーケット内、フー ド・パントリー、サック&セーブ等の
店内で三年以内に七か所をつくる。 このフードラ ンド店への出店について、シロキヤの鈴木忠敏社長は、「当店内に
は常設店は設けませんが、今後も催事の一つとしてやっていきたいと思っています」と語った。
 
山火事は八割が放火 消防署はお手上げ? 爆竹禁止令まで飛び火
オアフ島で発生した山火事は七月十五日現在で五百七十六件に達し、去年一年間の件数 を越えた。 ホノルル消
防署のアティリオ・レオナルディ署長は、山火事の出火原因の八 割は放火と断定した。 同署長は七月十四日の
記者会見で放火に利用された爆竹として七月四日の独立祭の爆竹禁止の立法を強く呼び掛けた。
七月五日に五件、七月十一日に六件とリーワード地区で連続発生した山火事で、ホノル ル消防署の五〇%の消
防車はリーワード地区に出動した。 件数も五百七十六件と去年一 年間の件数を越え、「このままでは二年前の九
百八十二件を更新しそうだ」と同署長は 心ない放火犯に怒りを表明した。
 
消防署の年間人件費は三百四十万ドルだが、山火事続出のため、八十五万ドル以上のオーバータイム手当てを消
防士に払う結果となった。 幸いに人家には被害は出ていないが、すでに延べ面積で数百エーカーを消失している。 
七月の山火事の放火犯として十三歳の少年が逮捕された(現在、家庭裁判所で審議中)。 放火に利用されたのが
爆竹ではないか、と見るホノルル消防署では爆竹の禁止を提唱した。
「夏場のリーワード地区は異常乾燥で植物は黄色く枯れたような状態だ。 そんな中に爆 竹に火をつけて投げ込めば、
アッと言う間に草木は火の海と化してしまいます。 異常乾燥も火災の原因だが、爆竹も不要な出火原因だ」と取り
締まり強化を呼び掛けた。
 
ハネマン市長も独立祭の爆竹販売には署長と同意見で禁止を州議会に要請すると述べた。   これに対しリングル
知事は、「爆竹禁止令は別に州議会でなくても市郡政府のレベルで 対応できる」と述べており、正月と七月の、
年に二度の爆竹販売の中、来年の七月の独立祭から爆竹が消える可能性が出て来た。
 
・ ハワイ観光庁の新予算は六千九百万ドルと過去最高に 理事長にジョン・トーナー氏を再選
ハワイの観光業の宣伝・広告を促進するHTA(ハワイ観光庁)の二〇〇五〜〇六会計年度の予算が六千九百二十
万ドルと決定した。 TAT(ルーム税)の税収増加により大幅な上乗 せがされたもの。 うち、五千万ドルは宣伝・広告
促進イベントに割振りされた(去年より 百二十万ドル増)。
主な割振り、( )内は前年比。
■ ハワイ・コンベンションセンター宣伝費 六百万ドル(同額)
■ NFLプロ・ボール協賛金 四百五十万ドル(八十万 ドル減)
■ PGAツアーゴルフ協賛金 二百三十万ドル(十万ドル増)
■ ハワイアン文化運動関連 百五十万ドル(新設)
■ 空港・桟橋グリーティング 生音楽=百六十万ドル
■ 各種フェスティバル協賛金 百五十万ドル
■ ビジター・アロハ・ソサエティ(観光客警備グループ)七十万ドル
■ 世界地区別販促 約三千万ドル
 
HTA理事会は七月十四日、役員改選を行い、ジョン・トーナー氏(コオリナ・リゾート協会 副会長)を理事長に再選。
ホテル・ハナ・マウイ総支配人を副理事長に選んた。 レックス・ ジョンソンHTA事務局長は新予算について、「観
光業の健全な伸びにより健全な税収増を みた。 HTAの目的は観光業促進にあるが、同時に地元州民のニーズ
に合った協賛ができればと広範囲な事業に関与して行かなければならない」と説明している。
 
・ リングル知事が28法案、12法案の拒否権を行使する
ハワイ州上下両院は七月十二日、特別一日議会を召集し、リングル州知事が拒否権を行使し た二十八法案の
十二法案を覆し立法化した。
その中の一つで、今年五月から施行される予定の労災保険改正法の施行を二〇〇七年まで二 年間延期すると
いう法案は、今年の議会を通過した。 労災保険を悪用する従業員が多く、操 業現場が運営出来ず、結果的に会
社に大きな損失を出させているとして労災保険適用者の規制見直しが行われた改正法は、五月に施行される予
定だった。
 
州政府の公務員にも適用される同法は年間に九千八百万ドルの掛金の節約になると経営者か ら期待されていた。 
しかし、州議会は同法の審議は州議会で充分尽くされない間に立法化さ れたため、州議会は再度同法の審議を
行いたいと二年間の施行延期法案を通過させた。立法 期間は法案作成から改正までの権限がある。改正法を見
返したいと言う議会の主張は州知事 は尊重すべきであると拒否権を覆しに出たもの。 同決議により労災保険改正
法は来年の州議会で再審議される。
 
・ 増え続ける自閉症児 原因分らずお手上げ
二〇〇五〜〇六年度の新学期が七月二十三日スタートした。十八万人を越える公立校の生徒の うち、約一二%
が学習遅れ児童と呼ばれ、特殊授業の教師が必要とされている。
新学年の実情は去年までより大幅に改善されたとDOE(州教育局)特殊授業監督課が発表し ている。特殊授業を
必要とする学童を教える特殊訓練を経た教師の採用が今年も大きな課題だ った。「充分とは言えないが、去年より
は大幅に改善された。 IDEA(障害児用教育法=二 〇〇四年成立)により全国から資格のある教師が待遇改善
により多く集まったことが原因だ」 と喜んでいる。
 
ところが二万人を超える学習遅れ児童のうち、学校当局が頭を悩ませているのは自閉症の児童 の増加だ。 二〇〇
一年には六百五十六人だったのが、今年は千百四十三人と二倍になっている。 自律的神経異常(ASD)児の症状
は異常な行動を繰り返したり、年令に伴わない言動で意味は理解し難い。 通称自閉症と言われているが、自閉症の
原因はいまだに解明していない。
 
特殊授業監督課のある主任は、「自閉症の子供たちをどう扱えば良いのか、ほとんどの教員は無資格です。 医学
的にも解明されていない病状を持った人たちへの対応はこれからも模索を続 けなければなりません。 千百人余り
が自閉症と診断されていますが、 この三年間に何故倍増し たのかも不明ですから、お手上げと言っても過言では
ないでしょう」と語る。
 
・ ホノルル市議会改造 ガーシア市議が主流派離脱
ホノルル市議会の新しい改造が七月十二日の常例会議で行われた。九人の市議が九委員会の委 員長職をどう
配分するかを協議した草案は、一週間前の七月五日には協議されていた。十二日 の常例会議は同案を賛成七
―反対二で可決した。
デラクルーズ議長を中心とする議会構成は今年一月に新人のアポ市議を加えて選挙後最初の改 造が行われた。
現九人の市議の中でもっとも若いデラクルーズ市議を議長に選び、市議としての経験、政策、性格などでグループ
の構成を計った。 それまで議長を務めたギャリー・オキノ 市議は二年近くの議長職で実権を失い、一月の改造時
に議長職をはずされ、何となく多数会派 となっていたコバヤシ、タム、カチョラとアポの四市議がデラクルーズを擁
立した。 ガルシア、 デジューも当初はグループを共にし、マーシャル、オキノは一匹狼として行動してきた。
 
新改造が協議される前に四十号法案(増税案)が提出され、市議会として軽量輸送機関導入に 必要な消費税引
上げ案で七人が賛成を発表した。 デジュー、マーシャル両市議は増税に反対の 意見を述べた。 七対二の構図は
ここで主流、反主流に二分したと見られたが、第四十号法案の 取扱いで手法を変えたため、法案通過が一か月遅
れたことはガルシア交通委員会委員長に責任があるとしてグループから一歩後退することになった。
 
交通委員長職を解かれたガーシア市議は、予算委員会の委員も外され、公園委員会に回された。 代わりに新人
のアポ市議が交通委員長と予算委員に就いた。 新改造決議案に署名した市議は七 人。ガーシア、オキノ両市議
は署名しなかった。 デラクルーズ議長を中心とした委員長配分は終ったが、主流派の五人、反主流派はデジュ、マ
ーシャル、オキノ、ガーシアの四人。 ある程度の集結力は主流派にはあるが、反主流市議は四人に共通点がない。
と言って主流派の集結力も盤石ではないだけに薄氷の市議会が続くと政治通は指摘する。 現行市議の任期はあと
三年も ある。強力な指導者がいない市議会はギクシャクが予想される。
 
・ ハワイ郡長のハリー・キム氏 民主党から州知事選に出馬?
ハワイ郡のハリ・キム郡長が来年(二〇〇六年)の州知事選に民主党から出馬することを真剣 に考えている、と
伝えられている。 キム郡長は二〇〇〇年に政治経験ゼロの共和党新人として郡長に初当選。 二〇〇四年に再
選された。
リングル州知事(共)の二期目の選挙は来年秋に行われる。四十年ぶりに政権を奪回された民 主党は来年の選
挙でリングル再選を許す訳にはいかない。 州議会では八〇%の議席数を誇る民主党にとって政権奪回は至上命
令である。 しかし現段階では誰も手を挙げない。 そんな中でキム郡長の知事選出馬の動きがあり、しかも民主党
からである。 二〇〇〇年には共和党のレッテルを貼って郡長へ出馬した。
「いや―、困ったな。確かに五年前には共和党と言ってしまったのですが、私はあまり共和党 に縁がないんです。 
何もしなくても許してくれるのが共和党だと思って深く考えなかったんです。 どちらかと言えば民主党の方が馴染み
があるんです」。 キム郡長は共和党から民主党への鞍替えについてももともと郡長再選を無所属で出馬したので
問題はないと言う。 同郡長の民主党への入党は七月上旬にある会合に出馬した際に、ダニエル・イノウエ国会上
院議員(共)に面会した席上だ。 キム郡長にとってイノウエ上院議員は政治家の神様のような存在だった。 その上
院議員と親しく会話を交わすことが出来たことに感動したと言う。
「知事選出馬を含みこの五年間で私の後援会を組織してくれた人たちや、家族とよく話し合えば結論は出るでしょう」。
組織をバックにして選挙運動をしてこなかったキム郡長。 候補者の多い民主党の中で州全体の大舞台はどのように
迎えてくれるのか見当がつかない。 民主党ハワイ支部長はキム郡長の出馬を歓迎すると言う。 予選で候補者が乱
立すればキム郡長にもチャンスはうまれるが、州知事候補は予選で決めると言う政党規制もある。 現段階での予想
はまだ早い。
 
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● 大下治心の世相やぶにらみ
 ・ ハワイ島のキム郡長 州知事選出馬のウラ?
もう八月です。今年は選挙はありませんが、すでに来年の秋の選挙に向けて政治家 たちが動き出しています。 ハ
リー・キム・ハワイ郡長が来年の州知事選に出馬を考 慮中だと言います。 元々ハワイ郡の民間防衛局長を最後に
公務員生活を引退したキム氏は、二〇〇〇年の郡長に出馬したら「当選しちゃった」と、当選した本人が一番驚いて
いるぐらいで、政治は全く素人です。
最初は、「共和党の方が党規約など厳しくないと思って共和党で出馬しました」と キム郡長。 そして二期目の郡長
選には無所属候補者として堂々の再選を果たしまし た。 「所属政党はあまり関係ないんだ」とハワイ郡の特異性を
認識したと言います。 ハワイ郡では今から十数年前の郡長選で、政治には全くの素人のハワイアン系の男性が、
郡長に当選したことがあります。 選挙運動費も千ドル余り使っただけでした。  でもこの郡長は長続きせず三か月余
りで、〈郡長職は無理です〉と言って辞任しま した。
キム郡長も政治は全くの素人でしたから、一部の人は同じ結末を予測したようです が、立派に郡長職をこなし、二期
目の当選も決めました。 と言ってもハワイ郡のことです。 その郡長が中央政権に、しかも州知事という最高地位に打
って出ようと言 うのですからニュース・ヴァリューは高い訳です。 しかも共和党ではなく民主党からと言うのですから
地方紙は大きく取りあげました。
四十年ぶりに政権を奪回した共和党のリンダ・リングル州知事。 州知事としての評価も悪くありません。 しかも来年に
はリングル州知事は再選を目指して出馬するのは間違いありません。 その共和党知事再選を阻止する民主党の有力
候補者は今のところ誰も出馬意向を表明していません。 何故でしょう。
いまの段階でリングル知事に勝てると票読みが出来る候補者がいないのです。 三年前の州知事選で敗れたメイジー
・ヒロノ前副知事が次回は雪辱できるという票読みが出来ないのです。 州上院の議席数二十五議席中、共和党は五
議席、下院の五十一 議席中、共和党は十議席といずれも二割の議席しかありません。 逆に言えば州議会では八〇
%が民主党議席なのです。 ハワイの選挙民は民主党を圧倒的な差で支持して来ました。
立州後四十年も政権を握って来たわけですから当然の結果です。民主党政権は永遠に続く。 共和党の政権は来な
いと言われた矢先の二〇〇〇年の州知事選で、州知事 選二度目のリンダ・リングル候補にまさかの敗北を喫した民
主党です。 民主党の敗北には複数の原因がありますが、女性で知的な美人がマウイ郡長で行政能力を広めた経験
を、民主党員で万年化した州政府に何らかの変化を求めたことでしょう。
やみくもに相手に投票したというのではありません。 低い投票率もリングル陣営にメリットとなりました。 そのリングル
政権は州法で決められている知事職は、連続二期までとされている通り、二期八年を勤めるのは当たり前のような雰
囲気が関係者間には流れています。 と言うことは来年の州知事選は民主党は勝てないとふんでいるとも言えます。
といって候補者を出さない訳にはいかない。 という中でのハリー・キム郡長の〈出馬を考慮中〉と言うニュースは〈渡り
に舟〉だった訳です。 民主党ハワイ支部長はキム郡長に電話し、民主党の全面協力を約束し出馬実現に期待してい
ると伝えまし た。 まだ正式の出馬表明ではないのでこれ以上の詮索は避けますが、〈瓢箪から駒〉 を期待している
のかもしれません。
 
 ・ ホノルル市議会の再編成行わる
ホノルル市議会の再編成が急遽行われました。 七月十二日の常例会議でガーシア市議を格下げしました。 さてこ
のような再編成はどのようにして行われたのでしょう か。 第四十号法案の審議が一か月遅れたことは、交通委員
会が本会議に同法案をオン・タイムに上程しなかったためです。
 
〇・五%の消費税増額税収を地方自治体に与え、地方自治体は十二月までに同権限受諾、大衆輸送機関導入に
当てる、と決議することとなっています。 その州法に対応するホノルル市議会では早々と第四十号法案の審議を進
めました。 州知事は拒否権行使期限前にH-三〇九号(増税法案)も拒否権行使の対象としていると議会に通告し
ました。
 
州知事は、〇・五%の増税権を大衆輸送機関導入資金として自治体に与えることには賛成だが、増税分の処理方
法で州は関与したくない、自治体が独自で徴収処理をすべきだと主張しました。 議会筋との最終的協議で同法の
施行は二年先なので徴収方法は改めて審議すること、同法案は知事の署名なくして立法化されました。 その期限
が七月十二日だったのです。 その十二日には州議会の特別一日議会が召集され、州知事が拒否権を行使した二
十八法案中、十二法案の拒否権行使を覆しました。
 
一方、ホノルル市議会は第四十号法案最終審議を控え、七月十二日の同じ日に市議 会の再編成を決行しました。
主流派はデラクルーズ議長を中心に委員長の割振り審議を行い、決議案は七人の議員が署名して成立しました。 
ガーシア、オキノ両市議は、署名を拒否しました。
 
さて、この再編成が州法に抵触していると民間情報グループから指摘されました。  ガーシア市議を重要委員会から
はずし、新人のアポ市議をガーシア市議の後をうめる再編成は、市会議員がサンシャイン法を犯さないことはあり得
ないと苦情を呈したのです。 レス・コンドーOIP(情報処理事務局)行政書記は、「今回のような再編成は事前の根
回しなくしてはあり得ない。 複数の市議が何度かに亘り審議した結果の再編だ」と言います。
 
複数の市議が密会することを禁止する州サンシャイン法は特に次のような要点となっています。
■ 公選職(市議)は二人まで密会は認められるが、三人以上は会合出来ない。
■ 二人だけの会合内容を別の市議と協議することは出来ない、とあります。
 
ホノルル市議会議員は、例えプライベートの時間でも三人以上が会合することは禁 じられています。 二人だけの会合
はOKですが、別の機会にその二人が他の市議に同じ内容の協議をすることは禁じられています。 OIPはホノルル市
議会の再編成はこのサンシャイン法を犯さないとできない編成だと言うのです。
 
それに対し、法律に詳しいデジュ市議は、「我々はサンシャイン法には特に注意しています。 市議同志が特に気をつ
けていることなので、違反はないと断言します」 と、OIPの嫌疑を全面的に否定しています。 デラクルーズ議長も「根拠
のない指摘です」と否定。 委員長職の入れ替えは市議会では重要な案件です。 九人の市議は政党に所属している
市議が多いのですが、市議としては全員が無所属で選出されています。
 
政党に所属していない以上、政党議員の会合はありません。それに三人以上の市議会=の案件の協議が禁止され
ているとすれば合流も組織出来ません。 政界でよく使 う〈根回し行為〉を禁止しているのがサンシャイン法です。 
OIPが、市議会の再編成は何らかの根回しがない限り不可能だと言う主張も理解出来ます。 ただその立証となると
困難でしょう。
 
主流派とか反主流派とか言う呼び方をしましたが、市議会には合流も認められないとすれば、主流も反主流もないで
しょうね。 ただ最年少のデラクルーズ市議を議長に選出し、意見の違う市議を重要委員会からは外すと言う行為は根|
回しがないと出来ないと小生も思っています。 立証は出来ません。 またその必要もないことですが ...。
 
九人の市議が全て一匹狼として活動している市議会はこれからも目を離せません。 いつまた再編が行われるか分り
ません。 何のための再編成だったのか、主流派は多数市議のグループと言ってもグループはありません。 そんな市
議会ではホノルル市の将来を見据える長期ビジョンの立法が出来るのか心配ですね。
 
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● アメリカ定点観測
・ 2012年夏季五輪開催地選定 かめばかむほど味が出るニュース
二〇一二年夏季オリンピック開催地が、シンガポールで開かれたIOC(国際オリン ピック委員会)総会で、〈宿敵〉
パリとロンドンが最後まで争った結果、五輪史上初 めての三回目の夏季大会開催となるロンドンに決まりました。
 
翌日にロンドンで起きた同時爆破テロ事件で、開催決定というビッグニュースの影が薄くなりましたが、両都市に加
えて、ニューヨーク、マドリード、モスクワという、いずれも超ヘビー級の大都市間の争いだっただけに、それぞれの国
家の威信をかけるほどの誘致合戦となり、そこで展開されたさまざまなドラマは見応えのあるものでした。
 
そんな招致運動のラストスパートは、「スポーツと政治は別物」「スポーツと政治は切り離すべきだ」といった建て前論
を無意味なものにするほどの激しいものだったようです。 その中で浮かび上がってきたのは、二〇〇一年の9・11同
時多発テロ事件のあと世界中の同情を一身に集めたはずのアメリカが、テロ防止の観点から外国人を必ずしも歓迎し
ないという姿勢を強めているとのイメージや、テロ事件とは直接関係のないイラクでの戦争に乗り出すという冒険的な
対外政策を打ち出したことへのしっぺ返しを受けたことでしょう。
本来ならば、二〇一二年の夏季オリンピックは「ニューヨークで決まり」ということになって当然だったかもしれません。
ニューヨークを代表する超高層ビルがテロ攻撃の目標となり、三千人近い犠牲者を出した大惨事の直後には、テロ
に屈することのない姿勢を示すために、「ニューヨークを元気づけよう」という気運が世界的な高まりを見せました。 
たとえば、世界各国の政界や財界、それに学界の有力者が一同に集まる世界経済フォーラム(WEF)のニューヨーク
開催がありました。
同フォーラムは開始以来三十年以上にわたり、スイスの保養地ダボスで開かれてきたのですが、同時多発テロ事件
直後の二〇〇一年十一月に、ドイツ出身の学者で同フォ ーラムの創始者クラウス・シュワブ博士が提唱して、ニュー
ヨークへの連帯を表明するために同地で開催が決まり、翌年一月末に約三千人が参加して年次総会が開かれま した。
ジョン・F・ケネディ大統領が一九六三年六月に西ベルリン市庁舎前の広場で行った 「イッヒ・ビン・アイネ・ベルリナー」
という有名な演説があります。 当時、共産主義体制下だった東ドイツの中にある〈民主主義の離れ島〉だったベルリン
を訪れた際、自由主義体制の優越さを強調し、ベルリン市民への連帯感を表明するために「私はベ ルリン市民である」
と述べたものです。
その後、ニューヨークの世界貿易センタービルが旅客機を使った攻撃で破壊されるなど未曾有の同時テロ事件を受
けて、テロの卑劣さを非難、ニューヨーク市民への連帯感を表明するために、「私はニューヨーク市民である」という〈声
なき声〉が世界中に満ちていたことでしょう。 事実、ダボス会議のニューヨーク開催に加えて、事件直後に「二〇一二
年夏季オリンピックのニューヨーク開催」を提唱する動きがありました。
 
当時ベルトローニ・ローマ市長は、「もしニューヨークが立候補するなら、他の都市 は立候補を辞退すべきだ。  そうする
ことで、世界中の人々が団結してテロリストを打ち破るという決意を表明できる」として、ニューヨーク・オリンピック開催
を呼び掛 けていました。 しかし、そのような〈感情論〉は、オリンピック開催に伴うさまざま なメリットを計算に入れた各
都市の立候補が相次ぎ、結局はニューヨークは「候補地のひとつ」に甘んじることとなり、開催地争いは前例のない
〈5強〉に絞られたわけ です。
ニューヨークやアメリカ全体に対する国際的な同情論は、ブッシュ政権が強硬に推し進めたイラク戦争で霧散した結
果、パリが最有力候補として浮上してきました。 ジャ ック・ロゲIOC会長(ベルギー出身)が、二〇一六年以降の開
催候補地を想定して、 「カネのかからないオリンピックにより、アフリカや南米での開催を可能にする」と いう意向を
表明した結果です。
このため、パリが、一九九八年のワールドカップの主競技場や二〇〇二年の世界陸上競技選手権の会場となった「フ
ランス競技場」などの既存施設を利用するために、新 たに大掛りな競技場建設が不要で、コストも抑えられることを強
調してIOCに好印象を与えたことで優位に立ったわけです。 ニューヨークは、主競技場に予定していたマンハッタン・ウ
エストサイドの鉄道操車場跡地にアメリカン・フットボール・チー ムのニューヨーク・ジェッツの本拠地となるスタジアムを
建設、オリンピックでメーンスタジアムに転用するという構想だったのですが、コスト面などで地元住民や政治家の反対
で反故(ほご)となったのも響いたようです。
 
メジャーリーグのニューヨーク・メッツの新球場をクイーンズに建設するという代替 案を急きょ作り上げ、辛うじてIOC総
会に間に合わせたものの、劣勢は明らかでし た。 誘致への熱意でも、ニューヨークは大きく出遅れていました。 六月
末にニューヨーク市庁舎内で、IOC総会に出席する代表団の壮行式があり、ワシントンから国務長官のコンドリーザ・
ライス女史が駆け付けたのですが、集まった記者団から繰り返 し浴びせられた質問は、「イラク戦争のあとの世界に
おけるアメリカの地位がマイナスとなるか?」というものでした。
 
9・11事件後のアメリカへの同情が、イラク戦争に伴って反米感情に変わり、招致運動に打撃となっているのではな
いかという〈一般常識〉を反映した問い掛けだったものの、同長官は直接答えることを避けました。 また、ニューヨーク
の招致代表団に閣僚クラスの政府高官が誰一人として加わっいないことも記者団の質問を誘っていま した。
 
シンガポールのIOC総会は、その数日後イギリスで開かれるG8サミット(主要国 首脳会議:グレンイーグルサミット)
の露払いとも言えるほど、立候補都市の各国首脳が出席しました。 ジャック・シラク大統領(フランス)、トニー・ブレア
首相(イギリス)、ミハイル・フラトコフ首相(ロシア)、ホセ・ルイス・ロドリゲス・サバ テロ首相(スペイン)といった政治
家に加えて、スペインはソフィア女王の応援を仰ぐほどでした。
ライス長官は、伝統的にアメリカの大統領がこの種の会合には出席しないと説明していましたが、今年のG8のホスト
役で大忙しのはずのブレア首相が、ほぼ三日間にわたりシンガポールに滞在、数十人のIOC委員と差しで会談する
など精力的に誘致運動を展開したのに比べると、〈アメリカの不在〉が目立ちました。 ニューヨークのマ イケル・ブルム
バーグ市長は総会を間近にして〈玉不足〉を痛感、急きょニューヨー ク州選出のヒラリー・クリントン上院議員に電話で
シンガポール行きを要請したほど です。
 
同議員はファーストレディとしての国際経験が豊富で、しかも現在も国際的な知名度は抜群とあって、IOC総会前をに
現地で積極的な誘致ロビー活動を展開するとメデ ィアが盛んに報じましたが、国際的なアメリカへの好感度が低下し
ている現状や時間切れで、結果を左右することはできませんでした。 それにしても、ニューヨークの不 人気ぶりは、ブ
ルムバーグ市長以下の代表団にとっては予想以上にショックだったよ うです。 主競技場をめぐるゴタゴタがマイナス
であることを承知しながら、IOC総会でのプレゼンテーションでは、映像を使って同時テロ事件を暗示し、それを克服す
るニューヨークというイメージを売り込み、ヤンキースの松井秀喜選手らニューヨー クやアメリカと関係のある著名な外
国出身アスリートを映画出演に動員して国際都市 としての強みを強調したものの、二回目の投票で脱落という有様と
なりました。
 
最初の投票ではモスクワが脱落すると予想し、その支持票の多くをニューヨークが集めて、少なくとも三回目の投票
まで居残り、あとはロンドンとパリの狭間で漁夫の利を狙うというのが皮算用でした。 第一回投票では十九票で、ロ
ンドン(二十二票)、 パリ(二十一票)、マドリード(二十票)に次いで、僅差の四位となりました。 そこ までは予想の
範囲内だったのですが、最下位のモスクワが十五票で脱落したあとの第二回投票では、「ニューヨークに投票する」
という義理を果たしたとする委員が寝返ったためか、逆に票が減って十六票となり、あえなく脱落となりました。 
あてにしていたモスクワ支持票のほぼ全部がマドリード支持に流れた模様で、マドリードは一躍 三十二票でトップと
なりました。
 
すべて秘密投票のため、マドリードの躍進の確固とした背景は不明ですが、世評では、二十一年にわたりIOC会長
を務め、現在も隠然とした影響力を有するアントニオ・ サマランチ氏が、現職時代に東ヨーロッパでのオリンピック運
動を支援してきたことや、モスクワ駐在のスペイン大使だったこともあるという経歴で、モスクワ支持者が 「恩を返す」
ために大挙してマドリードに投票したようです。
 
ニューヨークが脱落したあとの第三回投票では、マドリードが横ばいにとどまったの に対して、ニューヨーク支持票と
ニューヨーク脱落で新たに投票権を手にしたアメリカ出身のIOC委員(三人)の三分の二がロンドン支持に回ったこと
で、ロンドン開 催に向けての流れが固まり、最終投票ではパリが急迫したものの、わずか四票差でロ ンドンに敗北
という結果となったわけです。
 
いずれも〈後講釈〉なわけですが、パリが、ロゲ会長の簡素化路線を支援する様式のオリンピック開催計画を前面に
打ち出し、当初から優位とされてきたことから、大事 をとって〈守り〉の誘致運動を展開したのが裏目に出たといえま
す。 一方のイギリス勢は、最後の段階でのブレア首相の精力的な働き掛けに加えて、足並みの乱れていた ロンド
ン招致運動の建て直しのため、わずか一年二か月前に最高責任者に就任した、イギリスの中距離ランナーとして英
雄視されているセバスチャン・コー卿の、幅広い人脈を使った説得工作が実を結んだといえます。
 
ロンドンの中心部からわずか二十キロ弱にありながら、再開発が遅れている東部地区に主競技場を新たに建設する
などを含めて、大規模なオリンピック開催に向けたインフラ整備が行われる予定で、簡素化を推進するロゲ路線から
はやや逸脱する結果とな りました。 ニューヨークが早々と開催地候補から脱落を余儀なくされたのに加えて、アメリ
カの〈国技〉である野球とソフトボールをオリンピック種目から除外するという決定は、ヨーロッパ出身者が主導権を
握るIOC内部での〈嫌米感情〉を反映したものでしょう。
 
一九八四年のロサンゼルス・オリンピックでは組織委員長として、初の大幅黒字をもたらした功績者で、現在はアメ
リカ・オリンピック委員会(USOC)委員長のピー ター・ユベロス氏がIOC総会に先立って、「(秘密投票であることか
ら)すべての IOC委員は、恐れることなく(投票と通じて)自分の考えを表現できる機会となる」 と語ったとロサンゼ
ルス・タイムズ紙が報じていましたが、ニューヨーク不支持、野球とソフトボールの排除は、IOC委員の間でのアメリ
カに対する見方を反映したも のでしょう。
 
ヨーロッパが得意とする近代五種のように国際的な普遍性を欠いている種目は、野球とソフト以外にもいくつもあるに
もかかわらず、一流のプロ選手が出場していないとか、薬物使用を事実上容認しているといった理由付けはあるにし
ても、根底にはアメ リカに対するホンネがあるのでしょう。 「スポーツと政治は別物」とは言うものの、 今回のIOCで
の一連の動きは「スポーツと政治は一体」という厳然とした事実を改 めて証明したものと言えるかもしれません。
 
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● ロイヤル・ハワイアン・ショッピングセンター
・ 7月20日、大改装着工式が行わる
さる七月二十日、ワイキキのロイヤルハワイアンショッピングセンターの大改装工事の着工式が盛大に行われた。
式典には地元有力者をはじめテナントオーナー・学校関係者など多くの人が集まった。 ロイヤルハワイアンショッ
ピングセンターの改装計画については、本紙二月十五日号で詳細に紹介したが、以前より注目されていたワイキ
キ再開発計画の八千四百万ドルをかける目玉プロジェクトである。
 
ロイヤルショッピングセンターの所有は、ハワイの最大地主であるカメハメハスクール財団。 一九七九年に営業を
開始し、一九八一年に現在の四階建て、三棟からなるショッピングセンターの形となった。 それから二十年以上の
歳月が経ち、改築の要望が出ていた。 式の中でカメハメハスクールのCEOディー・ジェイ・メイラー さんは、「単な
る大きなショッピングセンターではなく、ハワイの歴史と文化を継承できる場となることを目標としています。
 
学校の子供たちにとっても、このセンターのあり方がいい意味でのモデルになるよう期待しています」と挨拶。 出
張中のリンダ・リングル州知事に代わって出席したジェームス・デューク・アイオア副知事は、「仕事で様々な所に
行きますが、どこに行っても結局は〈ハワイの素晴らしさ〉を再認識して帰ってきます。 自然と文化の豊かなハワイ
は、どこにも負けないと感じています。 この由緒あるロイヤルハワイアンショッピングセンターは、観光客だけでな
くハワイに住む人々の集える場所になることでしょう」と結んだ。
 
当センターが建つ場所は、カメハメハ一世と、その孫娘でカメハメハスクールの創立者でもあるバニース・パウアヒ・
ビショップ王女が暮らした王家にゆかりのある場所。 ハワイ人の血を引く子供たちの教育に当たるカメハメハスク
ールがセンターの所有者ということから、ハワイ式にのっとった式典が行われ、カメハメハスクールの高校生が舞台
に立ち祝いのダンスを踊った。
 
改築のテーマは〈ハワイアン・センス・オブ・プレイス〉。 センターのシンボルを ココナッツ・グローブとし、〈この聖な
る場所(ハノハノ・ヘルモア)に敬意を表す る〉ことをコンセプトとしている。
 
改築される主な点は、以下の通り。
■ 三コートから成っているセンターの二階から四階にある各コートを結ぶコンクリートのブリッジを撤去。
  中央にあるバニアンツリーの近くにオープンエアの一本の ブリッジを造る。 カラカウア通りからも、
  今までブリッジによって見えなかったバニアンツリーの大木が見えるようになる。
■ 中央にロイヤル・グローブを造園し、緑多いエリアにする。 ここで音楽イベント やパフォーマンスなど
  のハワイアンアクティビティが行われる。
■ 二階にフードコートを造る。
 
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バックナンバー: 2005年 8月 1日
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